はじめに(後編)

皆さんこんにちは、若葉です。

ここをいきなりご覧になっている方は、長く退屈な身の上話を「はじめに(前編)」で書いておりますので、まずはそちらをご覧になることをお勧めします。

若葉。「自律神経失調症」という名の病気になってしまい、労働をする事が難しい状況です。
社会人としては、大ピンチな状況です。
崖っぷちと言っても良いかもしれません。

私は、子供の頃から「精神病」という病気を軽視し、馬鹿にしていました。
ですので、医師の紹介とは言え、心療内科という、精神科の名前が変わったような病院に行く事は、相当の抵抗がありました。

余談ですが、私は心療内科は、3つの病院にお世話になっています。
最初に、東京の青山にある個人開業医(内科の医師からの紹介)。
次に、某横浜の病院の心療内科(産業医の紹介)。
現在が、某中部の病院の心療内科(某横浜の病院の紹介)です。

初めに通院した個人開業医では、私は良い患者ではありませんでした。
とにかく「私の体調不良をなんとかしろ!」という感じでした。
また、病院の医師にも問題があったと思います。

病院名は伏せますが、ここの医者、私が「頭が痛い」といえば「頭が痛くなくなる薬を出しましょう」、「嘔吐がひどい」といえば「嘔吐が止まる薬を出しましょう」という感じでした。

ここの病院では、体温も血圧も、何も測定していません。
ただ、体のどの部位がおかしいのかを聞き、その答えだけを元に、薬を処方するのです。
診察時間は1分未満です。
それで患者の病状を把握し、薬を処方できるのですから名医と言えば名医なのかもしれませんがね。

薬の出し方も、詳しい薬の成分も説明せず、「元気になる成分を処方しました」とか「やる気が出る成分を処方しました」と、それだけの説明で薬を貰っていました。

私は、医者の出す薬を素直に飲んでいれば、病状は回復するものだ。と決め付けていましたので、自分がどのような薬を飲んでいるかも意識せず、ただ飲んでいました。
自分がどんな恐ろしい薬を飲んでいるか。
それは、恐怖を経験してから初めて知りました。

まだ独身時代、楓に会いに、2泊3日の日程で楓の実家に遊びに行きました。
色々と楓と遊んだ初日。夜に全く眠れないのです。
体が興奮状態というか、脳は完全に覚醒していました。
私は、枕が変わると寝つきが悪くなるほうだったので、楓の実家という事もあって緊張しているのかな?とその時は楽観的でした。

恐怖は2日目の夜にやってきました。
2日目もさんざん遊び、夜布団に入っても全く眠れないのです。

正確には、体は疲れていて「眠い」という信号を発しているのは分かるのですが、脳が完全に覚醒している状態でした。
体は眠いと言っている。でも眠れない。こんな状態が数時間続きました。

そして、目を閉じているのに、眼球に何かが見えるのです。神も幽霊も信じない私ですが、本当に何かが見えました。
それは眩しい光だったり、万華鏡のようでした。
頭では必死に「寝ろ!寝ろ!」と考えます。
しかし、自分の過去の出来事が浮かんできて、まるで別の自分がいるかのように、その出来事に対して批評を始めるのです。
「まさか、これが幻覚、幻聴か!」と焦りました。
頭の中、完全にパニックです。

何故眠れないのか。何故このような事態になったのか。頭の中で必死に考えました。
そこで思い当たった事が、「心療内科から処方してもらってる薬、飲んでない」という事でした。

私、薬を東京のアパートに置いてきてしまっていたのです。
新幹線に乗った後に薬を忘れたことに気づきましたが、2泊3日の旅行程度なら問題無い。と思ってました。

パニック寸前の頭の中、普段と何が違うか。
それを考えると、毎日飲んでいた薬を飲んでいない。それ以外に思いつきませんでした。

「朝一番に新幹線に乗って、アパートに帰り、薬を飲もう」
そう思いましたが、私の体は限界でした。本気で、自分が壊れると思いました。

早朝に楓に事情を説明(楓は、恐怖におびえる私のそばで、寝ずに介抱してくれててましたが)し、楓の両親に病院に連れていってもらいました。
そこの当直医に事情を説明したところ、精神安定剤を注射され、それで少し気分が楽になった気がしたのか、何も考えずに、少し眠るこk?とが出来ました。
起きてから、すぐにアパートに帰り、薬を飲んでみた所、案の定というか、普通の状態に戻ることが出来ました。

その日のうちに、すぐに病院に赴き
「曖昧な説明で、一体どんな薬を飲ませていたのだ」
と問いただした所、その時に初めて私が数ヶ月の間、抗うつ剤と精神安定剤を飲み続けていたことを知りました。

ショックでした。

それからは、医師への信頼は完全に無くなりました。
薬の服用をいきなりは中止できない。との事だったので、薬の量を減らしてくれと頼み、薬に頼りすぎていた自分の甘い心を知りました。

その後、結婚し、仕事をしたのですが、以前の体調には戻りませんでした。

上司と相談する機会があり、今の医師には全く信用は無いが、薬を飲み続けなくてはならない。という事を話した所、産業医の紹介で、某横浜の病院という大病院の心療内科に通院することになりました。

ここでは、心療内科部長のY医師の指導の元、治療を行っていくことになりました。
医師は変わりましたが、相変わらずというか、医師への信頼は全くありませんでした。

ただ、このY医師は、前の病院の医師と比較して、明らかに違う点がありました。

心理テストを行ったり、様々な精密検査。そして私との診察時に、色々と私から聞き出しそれらの結果から薬を処方してるのです。
薬の説明もきちんとしており、自分が何を飲んでいるのか。安心して薬を飲むことが出来たのです。

薬への信頼回復です。薬バンザイです。

Y医師、とにかく明るいです。
陽気というか、励まし方が上手いというか、診察を受けると少しだけ元気になった気になりました。

後で知ったのですが、このY医師、心療内科の世界では、かなりの有名人らしく、多くの著書を書いたり、TV出演などをしている方でした。
某横浜の病院の心療内科も、私のように会社に行くことが出来なかった人が通院する病院としては、かなり治療がしっかりしている。との事でした。
ただ、産業医から聞いた話ですが、某横浜の病院の心療内科での入院は、かなり強力な薬剤を投与して、徹底的に治療するそうです。これには賛否両論があるらしいです。
私は、Y医師からも入院の必要は無い。と言われていたので、入院はしませんでした。

気が付くと、私は薬は飲んでいるが、飲んでいる量が減っていました。
ただ、日常生活を送る上では問題無いのですが、会社に対してプレッシャーを感じるのか、会社に行きたくない。という甘えがあるのか、会社に行こうとすると、体調不良を訴えました。

Y医師からは「投薬は必要だが、仕事は問題なく出来る。あとは自分次第」という言葉を頂いていました。
それでも、仕事が出来ないのです。
有名な医師の処方で、適切な投薬を受けているのに、何故!と思いました。

それから色々あって、Y医師や妻の楓などの多くの人に相談し、今の会社を辞めて新天地で頑張ることにしました。
Y医師からは、
「環境に問題があるのであって、あなたには問題はありません。環境を変えれば良くなります」
という、力強い言葉をもらっていましたから・・・。

自分でいうのも何ですが、私のスキルは、休職期間のブランクはありましたが、ネットワークエンジニアとしては、一流に近い状態でした。
それだけのスキルを保持していたからこそ、長い休職期間があったのに、私に仕事をさせてもらえるチャンスを多く与えてもらったのだと自負しています。

だから会社を辞めても、比較的簡単に、自分の希望する職種の再就職先が決まると思っていました。
実際、何の苦労も無く、良い再就職先が見つかりました。

再就職し、新天地で頑張る。
Y医師からは「私の治療は終わっています」という力強い言葉を貰っていましたので、心療内科の通院と、抗うつ剤、精神安定剤からは完全に開放された。と安心しきっていました。

しかし、再就職先でも、数日仕事をしてみると、体調不良を訴えるようになりました。
Y医師からは、万が一に備えて。ということで、某中部の病院心療内科のA医師への紹介状を貰っていましたので、それを使って、投薬してもらうことにしました。

私が会社に対してプレッシャーを感じるようになった、嫌な上司は居ません。
新しい会社です。
私の過去を知っている人は誰もいません。
新しい会社は、正直言って、中途採用者に冷たい会社なんだなぁ。と入社初日に感じました。
採用部署も、管理部という女性社員が多い職場のため、少々居心地は悪かったです。
でも、Y医師から完治の言葉を貰い、自分の環境を変えた直後でしたので、投薬さえしてもらえば、体調は良くなる。そう信じていました。

しかし、現実は甘くはありませんでした。
ある日、会社で倒れてしまったのです。
救急車で運ばれ、気が付いたら病院のベットの上に居ました。
今までに、貧血で倒れた事は1度だけ経験していましたが、不意に意識を失ったのは初めてのことでした。

とてつもなくショックでした。

解雇。覚悟しました。
事実、今はかろうじて仕事をさせてもらっていますが、会社の職制が変わった事によって、私はネットワークエンジニアではなく、他の仕事を与えられる事になりました。
ですので、いつ解雇されてもおかしくないとは思っています。
「解雇」という言葉は、すごく恥ずかしいです。私のプライドを傷つけるには十分です。

某中部の病院では、A医師に色々と説明を受けました。

そこで、私の飲んでいた精神安定剤は、強い部類の物であり、Y医師が「完治した」といったのは、私を励ます為であって、投薬を見る限りは、とても完治したとは思えない。
それがA医師の結論でした。

私が倒れたのも、心が大人になっていないため。だと聞かされました。

そして、ようやく私の本当の治療が始まりました。多分・・・。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

CAPTCHA


日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)